若手Aの自分勝手改革論

『ココがヘンだよ学校教育』 一労働者の目線から、学校教育を妄想改革していきます。

014 妄想!!初任者研修改革!!

先日とある要人と会食してきました。
要人はいわゆる新卒初任者です。
しかしながら話をすればするほど確固たる信念をもって子どもたちと日々向き合う情熱がひしひし伝わってきました。
年齢や年数に関わらずそのような人には尊敬の念を抱きます。
勤務校の初任者にもそのような姿勢があればと正直羨ましくも感じました。

しかし、そこで違和感を感じたことがあります。
彼の悩みは子どもではありませんでした。
初任者研修の担当教員など、助けられている部分は多々あると尊重をしつつも負担に感じている様子が大きく見られました。

本当に初任者研修は有効なのか。
私は常々思っておりました。

そこで今回は勝手に妄想で初任者研修を改革してみたいと思います。






まず、教員は大きく2種類に分けることができると思います。

「ファミレス型教員」と「個人経営型教員」です。
初任者にも同じような傾向が見られます。

どちらが正しいかはわかりませんが、筆者である私は圧倒的に後者である上に「ファミレス型教員」に懐疑的な目を向けていることもあり、中立的な論調ではないことをご承知置きいただければと思います。

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写真は私の大好きなガストです。




「ファミレス型教員」

指導をマニュアル化し、どの学級でもある程度通用する方法を好む。
「◯◯してはいけない」を忠実に守ることによって、大きな失敗なく毎年学級経営を行う。
教えられたマニュアルを懐疑的に感じることもなく、言われた通りに忠実に行動する。
これは一般的な教育論に限らず、いわゆる◯◯流と言われる有名実践家の教えに忠実な場合も該当する。


「個人経営型教員」

常に目の前の子どもにあったやり方を考え、クリエイティブな思想に基づいて学級経営をする。
様々な教員から影響を受けつつも鵜呑みにすることなく自分のオリジナルの実践を日々進化させようと模索している。
しかし、常に目の前の子どもに対するベストを求めているが故に安定性に欠け大きな失敗をしていしまうこともある。



私の勤務校の初任者は圧倒的に前者。
担当教諭に言われたことは全て鵜呑みにしてその通りに実行している。そしてクラスは決して上手くいっているわけではないが、大きく荒れることもない現状である。

ファミレスのように安定して誰もがおいしいと思えるものを提供できる飲食店はとても重要であり、個人経営店のようにより味を追求するのも一つの道であり、どちらかが社会からなくなってしまえば我々の生活の楽しみは大きく失われるでしょう。





しかし教員の世界では違います。

今は全員が「ファミレス型教員」であることが求められています。

よりよいものを作り上げることよりも、失敗しないことが求められています。

そのため「初任者研修」と称し、学級を任せる反面「指導教官」を設けることで、何も知らない素人がマニュアルを守らざるえないように仕向ける=ファミレス型教員の量産体制に入っている怖さがあります。

私の場合も新卒初任で即学級担任を任された場合はこのようになっていたこと、そして良し悪しあっても今のように仕事を楽しむことはできていなかったように思えます。

私に講師として最初に機会を与えてくださった職場では「個人経営型教員」が非常に多かったです。
また初任者研修のような担当がつくわけでもなく、支援級児童の交流の付き添いで本当に多くの学級の普段の様子を見ることができました。

「ファミレス型教員」が悪いとは言いませんが、ここにカテゴライズされるであろう教員は皆、仕事をこなしているような印象で、楽しんでいる様子はありません。

「ファミレス型教員」
・◯◯しなければならない。
・◯◯でなければならない。
・◯◯させなければならない。

モチベーションという一点をとれば圧倒的に劣ります。

というわけで、提案としては。

初任者研修を選択制にしましょう。
採用試験の段階でAコース、Bコースを選択

Aコースは「学級担任を持ち初任者研修担当をつける」
Bコースは「学級担任を外れ、級外あるいは支援級担任として多くの教室を見る機会を与える」

ファミレス型を推奨しておきながら
「学び続ける教員」は二枚舌もすぎます。
マニュアルを守るだけの仕事にやりがいもクソもありません。

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教育の再魅力化に向けて
入り口の舗装を行うべきではないだろうか。