若手Aの自分勝手改革論

『ココがヘンだよ学校教育』 一労働者の目線から、学校教育を妄想改革していきます。

021 4月から教壇に立つ皆さんへ

3年目。27歳。男。
たいした学歴もなく、たいした功績もない。
職場でも際立った存在でもなければ、大きな迷惑もかけていない。
どこにでもいる凡百が私です。

ただ、私は自分のことを「成功者」だと思います。

理由としては
◽ 仕事を楽しんでいるということ。
◽ 慕ってくれる子どもたちがいるということ。
◽ 保護者や同僚に大きな迷惑をかけていない。

教員としてごくごく当たり前のことで、胸を張るにはあまりにもちっぽけな理由ですが、これまでの人生、何をやってもぱっとしなかった冴えない人間にしては上出来だと思っております。

しかし、今か楽しければいい!
ではなく、成功できた理由を考え、今後のさらなる飛躍につなげていかなければなりません。

4月より新規採用、あるいは講師として現場に出られる先生方の参考に少しでもなればと思い、記事を公開します。













● 成功の理由1 支援級担任の経験

新卒から1年2ヶ月。特別支援級の担任を任せていただいた。2年生、3年生、4年生の子どもたちだった。
特別支援級に在籍する児童は「交流級」と呼ばれる、在籍上とは別に通常級で学習を行うときに共に活動を行うクラスがある。私の場合は3年生の子は殆どの活動を交流級で行う児童で、2年生と4年生の子は技能教科は交流級で行っていた。
そのために述べ3クラス、学級経営や授業などを定期的に見ることができた。

2年の交流級担任は再任用のベテランの女性、3年の交流級担任は初主任の30代前半男性、4年の交流級は2年目23歳男性。

様々な年齢層の先生のあり方を、何となく肌で感じることができた。私はそのお陰で学級経営には多種多様なやり方があり、正解はないということを学ぶことができた。

その数年後に初任者研修を受けた。
ここは、こうした方がいい。こういう場合はこうするべき。色々教わったけれども、その3人の先生は当てはまる部分もあればそうでない部分もある。

学級経営にmustはない。
ただし、目指すべき目的は共通していなければならない。手段を制限され、示された道を辿ろうとすると一気のつまらなくなるし、苦しくなるということが学ぶことができた。

低学年担任になった場合は6校時などを使って色々な学級の先生の在り方を見せてもらうといい。



● 成功の理由2 子どもとの圧倒的会話量

共に勉強した友だちが皆、合格をしていて学級担任として切磋琢磨していたので、当時私にはかなり焦りがあった。

支援級の子どもにも、今とは真逆の接し方をしていて。躾をする。~させる。言うことを聞かせる高圧的な指導に終始していた。
そのため、情緒的に不安がある子に拒絶されてしまった。当時は朝が来るのがたまらなく苦痛だった。
そして子どもを恐怖から避けるようになり、それを先輩に叱責され、精神的にもかなり追い込まれていた。
校長室やトイレで泣いたこともあった。退勤後、目眩に倒れ救急車で搬送されたこともあった。

そんな中で、どうすれば子どもの心がつかめるのか、何故自分は子どもとうまく関係が築けないのか突破口を掴むためにはじめたのが、毎朝、放課後門に立ってあいさつを行った。

支援級という場所から離れて、気軽に子どもたちと会話をするだけの数十分。
その中で、いつしか私の周りに輪ができるようになっていった。

私に足りなかったのはこれで、ベテランの先生のやり方を真似ていればよいわけではなく、22歳には22歳のやり方を自分で考えなければよい関係など築けないということを感じた。

これは私が今日まで出会ってきた多くの新卒初任者~若手に共通することで、変に子どもと距離を取り、先生として振る舞おうとしているのものの、全く上手く立ち振る舞えておらず、子どもに足元をすくわれてしまっている先生が数多くいる。
これは当然のことで、指導教諭の多くがベテランの先生であることで、そのやり方を真似たり、初任研で言われている「~べき」をより強固にしたりする方法を促されるのである。

ただ、私の場合は指導教諭もいない状態で子どもに痛烈なNoを突きつけられたので、この仕事で生き残るために必死に思い付いた方法から突破口を見い出すしかなかったということもあるのだが…。

私はこういった経験から、これから先生になる皆さまには指導教諭や先輩から学ぶことはもちろん大切ではあるが、一番は子どもたちとの関わりから学ぶことが大切だということを伝えたい。



● 成功の理由3 指導教諭の言うことを聞かない!

これだけ言うと、どんなアウトローな奴だと思われるかもしれませんが、この感覚はとても大切です。
私は現に指導教諭に「全然言うことを聞かない生意気な奴」と陰で言われていたらしいですが、それでよかったと思う。

学級経営には多様なやり方があります。22歳の時に主任やベテランの先生の真似っこを何の考えもなしに行い痛烈なNoを突きつけられた経験から、指導教諭のアドバイスに対しても「本当に私がこのやり方でやっても上手くいくのだろうか…」と、疑心暗鬼になっていました。とがっていたわけではなく、指導教諭の先生を見れば見るだけレベルが違いすぎて、同じことをしていても自分の学級は作れないと思ったからだ。

私は方法は全く真似ることはなかったのですが、指導教諭の話から目指す子どもの姿や、その目的に関しては食い入るように聞き学ばせていただいた。

指導教諭の先生はこういう姿を目指して、こういう実践をしている。私がクラスをこの姿に引き上げるには、どういうアレンジをすればいいのか、はたまた別の道を辿った方がいいのか。
言うことを聞くのではなく、自分のクラスに落とし込んで実践をするようになった。

この頃から、様々な学級経営に関する書籍を読むようになった。

指導教諭の言うことを聞いていれば上手くいくなんて、甘いものではありません。自分の人生には自分が責任をもたなければならない。

全員がそういうわけではないが、私の職場には新卒初任で指導教諭のレールに乗っかって成功した人が何名かいるが、常に「~べき」理論をふりかざし、初任者を困らせてしまっている様子も見られる。

色んなやり方があるが、私に関しては指導教諭と違う方法で学級経営を行ったことが自信にもなったし、2年目以降、管理職や主任に大きく評価してもらった一因にもなっていた。正しいとは言わないが、そんな道もあると思ってもらえたら幸い。

語弊がないように言うが、指導教諭と喧嘩をしているわけではない。今でも色々相談に伺うこともあれば、気にかけてくださることもある。私も尊敬している。だけど少しはお前いうこと聞けよ。ってどつかれることがある。聞いていないわけではないのだが…



● 成功の理由4 モチベーションの維持を最優先に

私が仕事を誰よりも楽しんでいる最大の理由としては紛れもなく「地獄からの帰還」であろう。
自分が愛せる子どもたちがそこにいて、自分を愛してくれる子どもたちがそこにいる。
そんな当たり前があることがたまらなく幸せだった。
幸せであることが仕事のモチベーションであるのであれば、幸せであればいいと思った。

私と子どものモチベーションが最も下がる理由はストレスである。子どもたちにストレスをなるべく与えずに力をつける方法を考えること、また自分自身がストレスを感じないように生活習慣や睡眠時間を見直し、毎日同じサイクルで仕事をするようにした。

22歳で失敗した子どもを理想に近付けようとするのではなく、子どものできているところに着目をして対等な関係の中でプラスの事実に目を向けられるように声をかけるようにした。

ある先生には「A先生ってモチベーターだよね」と声をかけていただいたこともある。

またこの頃から生活習慣を見直し、ある程度自分の時間を大切にするようになったこともあり、読書量も増えた。その中でのアドラー心理学との出会いも私の考え方をより強固なものにした。
アドラーを鵜呑みにするのではなく、自分に生かせそうな部分を抽出して考えるようにすることで、大人との関わりがガラリと変わった。
他人が気にならなくなり、ストレスが圧倒的に減った。

仕事が楽しい!と思う気持ちを大切にすることが、成功の理由だと思う。



● 成功の理由5 授業が趣味

これはイチタカ先生の影響を強く受けている部分ではあるのだが、きっかけとなったのは2年目に4年生の担任をしていた時に隣のクラスの初任者に影響を受けたことがきっかけだった。

初任者は授業はお世辞にも上手いとは言えずに、事務仕事や学級の仕事に関しても全くできていない。心配になるような新卒君だったのだが、子どもたちに対してとても紳士で、休み時間や給食の時間はもちろん休みの日も習い事を観に行くなど、とにかく一生懸命で泥臭いタイプの先生だった。
そして子どもたちもそんな先生が大好きで、羨ましいくらいに信頼関係ができていた。

アドラーに心酔しておきながら、やはり人間である以上自分より新卒のそんな姿を見て刺激を受け、自分も頑張らなければと思った。
自分も子どもとの会話量、コミュニケーション量で勝負してきたタイプだが、その先生の天性のセンスには及ばないと感じ、少し悔しい気持ちにもなった。
その時に、思ったのが「授業改善」である。
指導書の内容に沿って授業を流すことに精一杯だった自分を奮い立たせて、読書だけでなく教育ブログを読みあさり、SNSの教員アカウントなんかも開設した。
その時に出会ったのが「インバスケット学習法」や「学び合い」である。
いい授業をすると、子どもたちが楽しんで学べる、そして自分も楽しめるということがわかった。
その半年後にふたせんさん、T先生、イチタカさんと吉祥寺で会合。その辺りから、授業に対する熱量がどんどん増してきた。

授業準備を「やらなければいけないこと」と考えると苦痛であるが、自分が楽しむための趣味にしてしまえばこれはむしろ幸福である。

私は連休、教科書を持ち帰り授業を考えることがたまらなく好きである。



● 成功の理由6 自分のショボさを自覚する

今年度、持ち上がりであるが初の高学年担任になった。6月にいじめの問題が浮上したものの、現時点においてはほぼ沈静化している。
全員ではないが、本当の楽しさが何かということを知り、いじめや差別に何のメリットもないということに多くの子どもたちが気付くことができた。

ここまで持ち直すことができた理由は一つ
多くの先生に支えてもらったからだ。
早期発見できたものの、やはりこうなる兆候を予知できなかった責任、悔しさ、悲しさで精神的に厳しい時期もあったが、目的論に基づいてすぐに管理職、学年主任、専科、児童指導担当を巻き込んで策を練った。

この判断ができずに、楽観的に考えていたら今頃私はこの仕事を続けていなかっただろうと思う。

また、指導後に学級を建て直すために、心理学や精神科医の執筆する本、成功した経営者の著書を読んだり、SNSで助言を求めたり、できる限りの策は全て打ってきた。

考えられる、起こり得る最悪を想定して、自分以外の人間の力を積極的に借り、最終的には自分が判断し選択する。
小さな不安分子や、不安要素は必ず近くの人に相談するようにする。でも、鵜呑みにはせずに、その中でのベストを自分の責任をもって選択する。

自分のショボさは自覚する。
でもそれを口に出して言うと、どんどん自信がそぎおとされてしまうので、口に出す言葉は自分に関することも、他人に対することも前向きであってもいい。
例えそれが傲慢な若造だと思われても、私はその方がいいと思う。



● 成功の理由7 人を憎まずシステムを憎む

職員室は悪口の温床である。
同僚に関する悪口、子どもに関する悪口、保護者に対する悪口。

ただ、悪口を職員室で吐くということは、自分の器の小ささを公にしているのと同じことである。

子どもに対しても同じだ。
子どもが上手く動かないことを子どものせいにしても、何もよい方向に向かない。

あらゆるストレスは人間によって産み出されるのではなく、システムによって産み出される。

逆に言うと子どもが時間を守れなかったり、宿題をやらなかったり、掃除をサボったりするのも、それをメリットだと思えるようなシステムが構築されていないにもかかわらず機械的に行動を求められている側面があるからなのだと思う。

ティール組織における
「衝動型」、「順応型」の組織では、責任の所在は人間に向けられる。ただ、今の時代教員に向けられる厳しい目がある。子どもを動かすだけの賞罰を与える権利がない以上「衝動型」、「順応型」の組織の形成は構成年齢が高ければ高いほど難しくなってくる。

人を憎めばストレスを溜める
悪口を言えば信頼を失う

人のせいにして、悪口をいうよりも
システムの整備に時間と労力を使ったことが、クラス円満の秘訣なのではないかと思う。

ただ、私は弱い人間なのでTwitterを使って毒を吐くことで自我を保っている。





雑な記事になりましたが。
事実として、何の才能も実績もないにもかかわらず、仕事を楽しむことができている若手Aの考える成功の理由を詰め込んでみました。

参考までにどうぞ。でも鵜呑みにしないでくださいね。