若手Aの自分勝手改革論

『ココがヘンだよ学校教育』 一労働者の目線から、学校教育を妄想改革していきます。

023 Twitterと教育

2018年お疲れ様でした。
7月にWATCHA TOKYO、12月にはOTCHA
未遂に終わりましたが来年3月の WATCHA NAGOYA
愚痴を垂れ流すだけのクソみたいなアカウントを

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私は2018年を総括したりするほどの大したことは伝えられませんが、OTCHAの講師陣との会食の中で話題が出たこと、共感していただいたことを伝えたいと思います。


● 「Twitterではなく、リアルに生きたい」

小学校若手教員Aと実際に会って話した人は大抵こう言います。「謙虚なんですね」、「好青年だ」。
多分ツイートの内容から私の人間性に対するハードルが下がりに下がった結果だと思います。
ただ小学校若手教員Aとは、私の本質です。

私がWATCHA TOKYOでピッコロのコスプレをして登場をしたことに全てが込められています。

ピッコロとは、地球に流れ着いた純粋なナメック星人のほんの僅かな悪の心が実態と分離した結果生まれた地球の神の別人格、闇の部分なんです。
私は学校現場の「理不尽」や「パワハラ」、「いじめ」を経験しつつ、教員という生き物のネガティブさ、そして自分を高めるのではなく、自分に対する自信のなさを互いに首をしめ合うことで埋め合わせることで組織を維持している、それが当たり前になっている。違いや個性を受け入れられない残念な学校、教員に絶望しました。

私は同じ穴の虫にならないように「職場の人の悪口を職場の人に言うのをやめました」

こうして産まれたのがTwitter。小学校若手教員Aです。

私にとってTwitterはあくまで娯楽です。
そこでの学びは副産物です。
Twitterで毒を吐き、共感を得ることである程度スッキリします。そのことで職場でのイライラを軽減されます。それだけでいいのです。
かといって壁を作るわけではありません。
ツールとして最大限利用します。

リアルでの私は夢と希望に溢れています。
毎日、朝を迎えるのが楽しいです。
アイツらと過ごす毎日が最高にハッピーです。

でも、私は人間です。
アドラー心理学なんてかじっていても、思い通りにならなければイライラします。
頭ではわかっていても課題の分離なんてできるもんではありません。

リアルよりもTwitterに生き甲斐を感じたら、私は即アカウントを消します。
Twitterは心地よいです。

共感してくださる方は皆、いい方々で尊敬できます。批判してくださる方は、揃いも揃ってみんな浅はかで残念で共感性の低いバカです。
だからこそ、麻痺しかねない怖さがあります。

Twitterでこれだけ共感してもらっている私は間違っていない、批判をしてくるアイツはバカだ。
この思考に陥るのは恐ろしいですよね。

私たちが受けなければいけないのは、リアルでの共感や批判です。リアルで、忙しい職員室でわざわざ共感の声をかけてくださる方はいません。
そして、顔を合わせた状態で、相手を傷つけようと見境なしに石を投げるバカはほとんどいません。

職員室でも、実はわざわざ声をあげないだけで自分に共感してくれる人もたくさんいるということ。
職員室で顔を合わせた状態で批判をしてくれる人はTwitterのバカとは大きく本質が違うということ。

そこは大切にしていきたいと思っています。

2019年は教育イベントに自分の意思で参加する予定はありません。

夢と希望に溢れた、今を生きる「俺たち」でいたいです。

一緒に戦ったみなさん。
一年間お疲れ様でした。