若手Aの自分勝手改革論

『ココがヘンだよ学校教育』 一労働者の目線から、学校教育を妄想改革していきます。

017 妄想!!校務文掌改革!!

おはようございます。

2日続けてblogを更新できるなんて夏ですね。

みなさん、今の給料には満足していますか?
現在我々は大体8:30~17:00 1時間の休憩を含んだ6時間半の労働に対する賃金を受け取っております。
そして、熱心な教員は給料に関係しない朝早くからの労働、夜遅くの労働、時には休日出勤を好き好んで自主的に行っていることとなっております。

しかし現実、このような解釈でよろしいでしょうか?いけませんよね。

実態はとても8:30~17:00では仕事は収まらない。
とても休憩なんて取れない。与えられた時間を大きく越えて仕事をさせられていることがザラです。
その上、教員には同調圧力があります。
何故か「こんな大変な仕事をさせられて許せぬ」ではなく、「私がこんな大変な仕事をさせられているのに、楽をしている人がいて許せぬ!」という、手の取り合いよりも足の引っ張り合いを好む人が多数存在します。

そんな中で
「いつも早く帰って何してるの?」
「本当に仕事、終わってる?」
なんて、プレッシャーをかけられることも。

その件はWATCHA TOKYOでも話をしたことですが記事にもまとめているのでご覧ください。

が、立ち返るべきはそこではなく
我々はそもそも何のために働いているのか。

私は「生活のため」と即答します。
働き賃金を得ることで、生活を維持できます。
よく「仕事をなめてる」、「社会人として~」、「子どものことを~」と支離滅裂なことを言われますが、違いますね。まずは自分なんですよ。
自分が健康で文化的なある程度の潤沢のある人生、生活を送るために、お金をもらうために教員という選択をしたことを忘れてはいけません。
その中で、よりお金が多くもらえる仕事ではなく教員を選択したのは、自分の能力や適正、趣向を分析した結果です。
だから、教員を選んだからと言って自分の時間を仕事の犠牲にしなくてもよいのです。

私の元に来たリプライで衝撃的なものを紹介します。




我々は仕事に時間を捧げているのではない。
お金を稼ぐために仕事をしているのだ。

ボランティアは労働=お金をタダで配っているようなものです。
ボランティアは善ではありません。
縁日で屋台がたくさん出ている中で、たこ焼きを無料で配ったらどうでしょうか。
代金をもらって営業しているたこ焼き屋の営業妨害もいいところ、その上利用者からは「ぼったくり」と言われるでしょう。

今、教員はそのいう状態なのです。
労働のタダ配り、営業妨害だらけなのです。

今一度我々は労働に賃金が発生する。
労働には価値があるということを認識すべきです。








そんな中で改革します。

校務文掌をオークション形式で決めます!

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学年主任 年収+20万
教科主任 年収+5万
児童指導、研修主任、運動会主任 年収+10万
高学年担任 年収+5万

などなど。
小さな仕事にもインセンティブがつくようになります。

その対価として『特給法?給特法?』
雀の涙量を放棄します。

稼ぐために若手も必死です。
体育主任のインセンティブが欲しいから、そのサポートにつくもよし。
逆にゆるく仕事をしたい人はインセンティブを選択しないという方法もあり、家庭を優先とした働き方もできます。

残業している人は金を稼ぐためにやっているわけだから、これで早く帰る人にも批判は集まりません。

いくら働いても給料は変わらない。
だからやる気がなくなる。
でも、誰かがやらなければいけないという正義感から誰かがする。
している誰かがやらない人の悪く言う。
職場の雰囲気が悪くなる。

そんな負のスパイラルはもうやめましょう。

みなさんお金のために働きましょう。

労働には価値があります。
学校のために嫌々頑張っているあなた。
実は職場の労働生産性を著しく下げている可能性があるよと水を差させてください。

金のために働くことは汚いことではありません。

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016 考察!!高学年担任!!

先日は駄文にお付き合いいただきありがとうございました。

私が教員に興味をもった最初のきっかけは何を隠そう学園ドラマです。

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まずは『ガッコの先生
現役の小学生だったのですが、堂本剛が演じる桜木先生がとてもカッコよくて憧れました。
桜木先生は理髪店の息子である教え子に髪を洗ってもらいながらお互いに悩みを相談しあったりする様子が良く見られました。
子どもながらこんな先生がいたらいいなあなんて思っていた記憶があります。


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続きまして『新・キッズウォー』です。
初代キッズウォーは学園ドラマというよりは、ファミリー劇場のような展開、やがて主婦層からさらに幅広い世代に指示を受けてから学園ドラマに近い形に展開されていましたが、舞台は中学校でした。
そういう意味では新キッズウォー1が唯一の小学校が舞台の学園ドラマだったのでしょう。

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加地千尋さん演じる河合花が、学校のおかしな常識にこのように時にはバットを振り回してでも権利を勝ち取ろうとする姿が爽快でした。

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色々ありながらも、最後はクラス全員で「先生やめないで」と思いの丈をぶつける様子がとても心に残りました。

最後はみなさんの記憶にもあるでしょう。

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女王の教室ですね。
先生vs子ども、といった明確な構図で成り立った物語が、先生と子どもが徐々にわかりあっていくという賛否両論別れる内容ですが、どちらにも共感がもてるようなストーリーが話題を呼びました。
主役級を演じたのは志田未来さん。迫真の演技と、鬼の阿久津先生を乗り越えようとする子どもたちの姿勢に強く心を打たれた記憶があります。



子どもと先生が対立したり、協力したりしながら問題を解決していくストーリーが昔から本当に爽快で大好きでした。
今思うと、これらのストーリーの中心となっている子どもたちは『高学年』だということです。
『斎藤さん』、『エジソンの母』など、低学年が中心としたドラマは子どもを取り囲む暖かい日常ストーリーで、子どもは徹底的にかわいらしい庇護の対象として描かれています。
対して高学年を中心とした作品は、時には残酷で、そして大人の見えないところで主体的に、そして組織的の動きを展開していく子どもたちの様子が描写されています。

これらの作品は我々教育関係者が作ったわけではないわけであり、一般的イメージなのだと思います。

私が個人的に心を打たれ、教員の仕事に興味をもったのは圧倒的に高学年が描写された作品でした。

6歳から12歳
1年生の担任、6年生の担任は明らかに求められる資質、能力は全く異なります。
私見としては、同じ小学校免許で1年生も6年生も担任できるというのは少し疑念があるレベルです。

全く違う性質、全く違う世界。

それなのに何故か教員の世界では

『高学年の担任は大変』
『力がないと高学年の担任はできない』

などという謎の風潮があります。
私はここまで大きく性質の違う二つの仕事を比較する必要があるのだろうか。
そして、それが職場の雰囲気を悪くしているのではないかと思います。

よく聞かれますよね

『あの人は低学年しかもてないから』
『○○さんは信頼されているから毎年高学年担任だよね』

私な一番大変だと思うのは特別支援級、次いで低学年。

性格や特性も人それぞれ。
感じ方は人それぞれなのに。
どうしてそういう選民思想がそこに生まれるのだろうか。

長すぎる前置きですが、持論を展開していこうと思います。










私の考える理由としては
教員は『縦の関係を前提とした学級経営』を求められているからなのだと思います。

先生が偉い。子どもは先生より下。
先生が言うことを聞かせて、先生の言うことを聞く子どもにする。
そのため~しましょう。~はいけません。
という方法論を研修で教えられます。

そして、縦の関係は安定感があります。
子どもが先生は上だと思えば、考えることをせずにただ先生の言うことを聞く=偉い、いい子
どの担任になってもそれは共通しているため、ある程度徹底すれば新卒未経験初任でもある程度の学級経営はできます。
子どもは考えないから。

『先生に言っちゃおう~』

という台詞がその象徴ですよね。
目の前で怒ったおかしな行為に対しての対抗策が『偉い人への報告』と考えることなく選択されます。これでは生活力も何もつきません、自己決定能力を培う機会を思考停止によって奪っています。

しかし、高学年になると疑うことを覚えます。
学級崩壊するクラスは、緻密にボスを中心にまとまりが見られる場合があります。
学級崩壊というのは学校からの目線であり、皮肉にも担任という存在を排除しただけで立派に組織として成立しているわけです。

ただ、学級崩壊は担任の責任だけではないと思います。低、中学年のうちに無条件の降伏を前提とされてきている子どもたちが高学年になり、知恵がつき子どもたちが権力争いを挑んでみるわけです。
それに対して無条件の縦の関係になれてしまっている教員はあまりにも無力である。

縦の関係は無条件で成立するものではない。
低学年、中学年は自分一人で生きていく、判断する、生活することが難しいため大人の庇護を求める。庇護を代償に望む通りに無条件に服従する。
だから推奨されているやり方でも通用するのです。

高学年は大人の庇護を必要としない。自ら考え、動き、選ぶことができる。
言うことを聞くことによって不必要となった庇護以外の対価が得られない場合は縦の関係を築くメリットが子どもにないのです。

力のあると言われる先生は、子どもから尊敬される何かをもっています。
授業力、コミュニケーション能力、支配力…etc
高学年相手に縦の関係の継続のためには、莫大なパワーが必要なのです。
なので、高学年担任にはいわゆる力のある人がリピートする傾向があります。
5年6年5年6年。ゴロゴロという隠語も存在します。

私は思います。
高学年担任は力がないとできないのではありません。力がないと高学年の担任をできないようにしているだけだと思っています。

学園ドラマに出てきた主人公の先生たちは皆、高学年の先生と対等に、横の繋がりを保持しています。
アンチテーゼ的に、縦の関係で頭ごなしに怒鳴る先生が敵方として描かれています。

ドラマは我々教育関係者が脚本を作ったわけではありません。

だからこそ、世間の望む「よい先生」のイメージはやはりガッコの先生の桜木先生、新・キッズウォーの大月先生のような横の繋がりの先生なのではないでしょうか。女王の教室の阿久津先生も、最後まで視聴して見ると子どもを下に見ているわけではないということがわかります。

ただ、ここまでだと誤解を招きますね。

縦の関係を放棄し、横の繋がりという視点をもてる人間は良い先生だ。縦の関係に固執する先生は古い。と、論じているように感じられてしまいますね。

結論から言うとそう思っていたいです。
その方が楽だからです。

でもそうではないのです。

庇護を必要とする低学年の担任は私のような縦の関係を苦手とする教員には難しいのです。
私は一年生の担任をもったときは、横の繋がりの悩みました。
どう頑張っても権力を差し出してきます。そして、無条件の愛、庇護を求めてきます。
低学年を何年も続けてもっている先生は、子どもたちの困り感や、つまずきに見事に答えます。拾います。見逃しません。
「困るのも人生」、「他者の課題」。
一人前として扱うことで、傷ついてしまうこともあれば、行動の価値を正しくとらえられずに間違った方向に流れてしまったり、語彙力がないために子どもと私の認識が大きく異なってしまいフリーズあるいは泣いてしまうことも多々ありました。

私は次に低学年の担任をもつまでに、擬似的な縦の関係の構築を考えています。
そのあたりはアゴラも含めて時間をかけて自分に落とし込もうと思っています。

長々語りましたが短くまとめます。

低学年担任はオンロード、高学年担任はオフロードのコースです。
ただし、研修ではオフロードの走り方しか教えてくれません。オフロードの対策をしようものなら「邪道だ」と批難されます。
だから教員村にはオンロードが得意な人が多いので、いつもオフロードは数少ないオフロードが得意な人が走ります。
教員村の村民たちはオフロードはオンロードより難しいと思い込んでいます。
教員村の新しい住民たちは何も疑うことなく今日もオンロードの練習だけをしています。

決して高学年が難しいわけではありません。
と、私はそう思っています。

番外 若手Aがアドラーと出会うまで 後編

もう2年前ですかね

晴れて1年生の担任になった。
楽しい1年だったことは認める上で、教員という仕事について本当に考えさせられる1年だった。

教員は子どもたちのトップに立ち、集団を導き、生活に必要な知識や技能、そして意識を伝えていくもの。要はスポーツでいう監督のようなイメージをもっていた。

担任2回目とあって、割と集団に対する指示や指導は的外れではないはず(未熟ではあるが)。今回は初任研担当とやらもいる。心強い。
しかし、こちらがどれだけ言葉かけを精選しても起きるアクシデント。

給食配付中に失禁、移動教室最中の失踪、座っていることへ耐えかねた暴走。

どうして?何で?真面目にやっているのか?
必死に子どもに訴えた、でも、変わらない。
それは当たり前で、子どもたちは大真面目に生活している。つまるところの生活力が低いだけ。

真面目に頑張る子ども、頭を抱える私。
頑張っていない人なんていないのに、みんなが苦しんでいる空間ができあがってしまった。

それが嫌で今度は褒めることにした。
小さなことでも、よく頑張ったね、できたね。
割と集団として機能するようになった。
褒めるって素晴らしいな、ちょっと手応えを感じていた。

でも、すぐに見えてきた。
「先生筆箱なくなっちゃった。」
「先生、○○さんの筆箱、僕が見つけたよ。」

自作自演

「先生、こんなにたくさんゴミ拾ったよ。」

ゴミの創作

「先生、△△さんが~していました。」

出来上がる監視社会。

結果、数人の私の期待に応えられない子はとどまることを知らず暴れまくり、その子たち意外は私の期待を満たすことを行動原理とした。




きっもちわるうううううううっっっ!
なんなんだこれはああああああああ!

今まで、教員による統率が不可能な状態のみが学級崩壊だと思っていたが、そうではなかった。

私はこの時に
「俺がやりたい仕事はコレじゃない、俺は低学年担任は向かないんだ!」
なんて、安易な思考に走っていました。

その時の夏休みに、たまたま手にした本がアルフレッド・アドラー思想について書かれている「嫌われる勇気」であった。

その時、この気持ち悪い状況に対してそれなりに危機意識をもっていた私は「褒める」ことに懐疑的になっていた。
B子とのこともあり「極度に子どもに嫌われることを恐れている」自分を変えたくて、書店で購入して読んだ。

アドラーの思想が、私にはその時教えてくれたこと。


・私は他人に期待しすぎていた。指示を出せばその通り動き成果を出す。褒めれば思った通り行動してくれる。嫌われることを恐れなければ思った通り行動してくれる。

・こちらが子どもたちを「操作しよう」という意思を子どもたちがくみ取り、私を中心とした私の期待を満たすためのコミュニティーができあがってしまった。

以前に荒れた6年生と関係を築けていた時には、こちらから操作をしよう。この子たちを良くしようという思いは偶然にもまるでなかった。
だから子どもたちが信頼してくれていた。
アドラーはこのことを「横の関係」といった。
思い上がっていた私は子どもたちに私が一方的に何かを与えてあげていたと思っていた。

でも、思い返してみると自分がこうして採用されて、教員として頑張れているのも、あの時の6年生が何気なく言葉を交わしてくれたからなんじゃないか。

と、思うと一生懸命先生をするのがばかばかしくなってきた。

夏休み明け。
褒めるのをやめた。叱るのもやめた。
価値付けをした。話し合いをした。

「○○できてえらいね。」を
「○○したおかげで、こんなにいいことがあったね。ありがとう。」にした。

「○○やめなさい。」を
「○○したから、こんなことが起きているけどどう思う?」にした。

クラスの中で、暴れまわる数人が輪の中に入るようになった。3月には保育園からの引き継ぎで「10年に1人の逸材」と言われた男の子が、6年生を送る会の代表の言葉を言う人に立候補し、選ばれた。
人のよさを探せる集団になっていった。

アドラーは優しくない。とても厳しい。

普通に生活していれば、私とて教員である前に人間であって、これまでの生活経験と積み上げてきた価値観から、子どもよりも圧倒的に自分が偉い存在なのではないかと染み込んだ偏見がおさえられなくなることもあったが、それを許してはくれなかった。

感情で怒った時に、これまでにない罪悪感と嫌悪感が私の中にふつふつ煮えたぎるようになった。

翌年4年生の担任になった。
そこからは大きな失敗は一度もないが、もしあのまま安易に子どもを操作する方法を追求し続けたとしたら、学校は私にとって大変気持ち悪いビジネスの場に成り下がっていいただろうなと思う。

ただ、1年生担任だった日々は本当に楽しくて、充実していたが、向き不向きで言ったら向いていないと思う。1年生はやっぱり、縦の関係を上手に築ける視野の広い先生が向いていると思う。

まとまらない文章ですがこんなところです。

B子、荒れた6年、1年生担任
これらの経験がなければ、アドラーの思想に共感することもなかったのだろうなと思う。
私のたどってきて、作り上げようとしてきたもやっとしたイメージを具体化したものがアドラー心理学だったということでまとめましょう。

アドラーが全てだとは思わない。
だから、皆さんにアドラーを薦める気は毛頭ありません。

色んな先生が色んなやり方で子どもを育てる中で、私はアドラーと共に今後もたくさんの子どもたちと成長していきたいと思います。

番外 若手Aがアドラーと出会うまで 中編

子どもに嫌われ、大人にも嫌われ、保護者にも好意的に見られていない。絶望的な状況を救ってくれたのは他でもない子どもたちだった。

9月。
支援級の主任の身内に不幸があった。
数日、学校を空けることになったがタイミングの悪いことにその時期が5年宿泊教室とブッキングしていてのだ。

「A君さあ、本当に、本当に申し訳ないんだけど宿泊行ってくれないかな。無理ならいいんだけど。」

教頭からの打診があった。
経緯は色々あった。
級外の職員は子どもが小さかったり、介護を要するご家族がいたりして、泊を伴う出張には出れない。だから、支援級を級外が交代で見て、私が支援級担任として宿泊についていくということだ。

私は恥ずかしながら心の中でガッツポーズをした。
B子から離れられるからだ。
いつかなれると思っていたが、そんなことはなく。
言葉の暴力は私の心に毎日突き刺さった。

私は本当に周りが見えていなかった。
いつも2年生、あるいは3年生の教室にいたせいか学校の実情が把握できていなかった。
4年では担任いじめが発覚し、5年では学級崩壊が起きていた。

5年の支援級在籍の児童は知的に障害のある穏やかな子だったため、生活力は割と高い。
5年担任には「余裕があれば治安維持に協力してくれ」と言われたくらいだった。

今考えれば失礼な子たちだった。

ほぼ初対面なのにお尻をさわってきたり、下ネタを投げかけてきたり、いきなりあだ名を勝手につけてそれを広めたり、礼儀もくそとなっちゃいない。

でも、子どもたちとの普通の関わりが新鮮で何よりも楽しかった。

敵意もない、暴言も飛んでこない。
こんなに良い子たちはいない。

宿泊学習を終えると、支援級に何人かの子どもたちが遊びに来てくれるようになった。
担任の愚痴や、恋愛の話、友だちとの関係、習い事のこと。放課後も時間を忘れて話込むこともあった。

その日以来、学校が楽しくなった。
B子の罵倒は続いたが、5年の子どもたちに慕ってもらえる自信からか、胃も痛くなくなったし、毎朝のように吐くこともなくなった。
見事に聞き流せるようになった。

5年は私のことを先生と呼ばない。
自分達でつけた変なあだ名で呼ぶ。

「A太郎ってさ、話しやすいよね。何話しても怒らないで聞いてくれるし。」
「悩んでることとか、困ってることとかたくさんあるけど、○○(担任)に言ったら怒られるじゃん」
「なんか、先生じゃないみたいだよね。友だちって感じでもないけどさ。」

ただ話を聞くってことは担任じゃないからできることなんだろうと思う。
でも、荒れてる子どもたちだって、原因があって荒れているわけで、本当は話を聞いて欲しいって思っているんだなと。
確かに上下関係は大切かもしれないけど、この子たちが話しかけてきた時に「失礼だろ」「先生と呼べ」と頭ごなしに叱っていたら、この子たちと話をすることも、この子たちの悩みの受け皿になってあげることはできなかったんじゃないか。

B子とのことを振り替える。
思えば「~しなさい」、「~できて偉いね」。
ストレスを与え続けた結果、彼女は私の存在をストレスと感じ排除しようとしたのかもしれない。

対等な関係でなければ、本音を話すことはできないのではないか。

翌年、私は支援級の担任。しかしその後は療休に入った5年だったり、学級崩壊を起こした4年だったり目まぐるしく立場を変えた。
他の先生からしてみたら、荒れたとんでもない6年生だったかもしれないけど、私にとっては6年生は支えだった。
立場が変わっても彼ら彼女らには変わらず私に接してくれた(腹が立つこともめちゃくちゃあったけどな、無法地帯だったから)。

担任になったら、子どもたちを征服するのはやめよう。子どもたちの目線に立って、一緒に楽しく生活しよう。

私は翌年、別の学校に異動した。(6年の子たちがたくさん手紙くれた!今でも部屋に飾っている)。

そこではじめて3年生の担任をもった。
とても可愛らしくて、楽しい一年だった。
初担任の私に気を使ってくれた編成だった。
でも何よりよかったのは、子どもに「~しなさい」と強制するのをやめた。
小さなことでもたくさん褒めた。
その結果、自信もついて採用試験にも合格。

そして現任校に異動するわけさ。

そんな私に新たな試練が訪れた。

「1年生担任を任せようと思う」

番外 若手Aとアドラーが出会うまで 前編

これから採用試験を受けられる方もいることでしょう。

そんな人々にとってWATCHAで200人を前に登壇した先輩方の姿はさぞ眩しかったでしょう。

Twitterでは多くの方に共感していただき、あのような舞台を経験させていただいた私も、軸ができあがるまでは本当に苦しい日々でした。

教員の仕事に価値を見出だせない、子どもがいる間にトイレで吐く、泣く、嗚咽する。横柄なナメック星人にもそんな時期があったことを知っていただき、改めて教員の仕事に素晴らしさ。『教員の再魅力化』に貢献していけたらいいなあと思ったので書きます。












2011年、若手Aは採用試験に落ちました。
2012年度、講師としてとある自治体に4月より採用が決まりました。特別支援級担任です。

担任を任されたのは2年生の女の子2人、3年生の女の子と男の子。
希望に溢れ出勤した私を待っていたのはベテランの先生2人のよそよそしい?やや冷ややかな反応。私に対する敵意というよりは何か申し訳なさそうに接してくる。

ちょっと「怖いなあ」と思いつつ、講師仲間とご飯。
主任40代主幹教諭女性、百戦錬磨の50代ベテラン女性、22歳新卒講師女性、私という学年構成。
先輩方の講師の女性への態度と私への態度が違うことが気になったが、事務仕事やら引き継ぎやらで始業式がはじまる。

開始してすぐに、その違和感はわかった。
私の担任する2年生の女の子。発達障害を抱えた子だったのだが、共感性に乏しく感情の起伏が激しい子で暴言、泣きわめきで酷く支援級でもやりたい放題になっているらしい。B子としよう。
昨年度は主任が担任、実態を話し支援方法を講じると保護者が激高し、訴える訴えないまで事態が発展。結局1年間、全く指導することができずに好き放題している子だったという。

後から聞いた話だが、勤務校では私を「生け贄」と称していたそうで、主任も憔悴し療育休暇一歩手前、ベテラン50代もクセのある人で「私は絶対に担任しないわよ」の一点張りだったそうで、そんなこともあり支援級希望者はいなかったそうだ。

そこで「男の先生ならひょっとしたらうまくやるのではないか」と、苦肉の策ともいえないような理由で新卒講師特別支援免許なしの私が担任をすることになった。

私は本で読んだり、大学で勉強したなけなしの知識を引っ張り出してきてその子と向き合った。
とにかくよく褒めた。片付けや友だちとのかかわりで何かあればとにかく諭すようにその子を良い方に変えてあげようと頑張った。

その結果、5月。
その子は私のことを呼び捨てるようになった。
顔を合わせる度に、キモい、ウザイ、クサい、気分が悪い、嫌な奴が来た、○○先生の方がいい、何で私はこんなやつのクラスなんだ。
顔を合わせる度に飛んでくる暴言。
教室にも給食を食べる以外で行こうとしない。
誰も嫌なことをいわない、自由気ままに振る舞える空間、支援級の学習室。
私は心が折れて、朝の会の参加を促すのをやめて、とうとうB子を学習室に放置した。

50代ベテランに怒鳴られる。
「あんたなんか先生じゃない、呼び捨てされて当然」
主任も続く
「子どもから逃げているんじゃないか」

仰有っていることは最もだが私の心を折るには十分すぎる出来事だった。

7月、突然自分の中で何かがプツッとキレた。

恫喝

B子に怒鳴り散らした挙げ句
校長室に逃亡

「僕は仕事を続けていく自信がなくなりました」

校長先生は一先ず3年生の教室で他の子を支援するように指示。B子の支援は他の担任の協力が得られないため、校長先生が一緒に見てくれることになった。

この時の校長先生には本当に感謝している。この対応がなかったら私は今頃路頭に迷っていただろう。

保護者にも校長先生が自ら赴いて、うまく取り繕ってくれた。

夏休み、何とか1学期を乗りきった。
が、正直2学期を乗りきれる自信もない。 日々子どもから罵倒され、先輩から叱責され、保護者に怯える日々が続き、いつ辞めようか、今日は頑張ろう。の繰り返しだった。

8月、そんな私に転機が訪れる。

015 Agola詳細

Agola 詳細決定しました‼

日時 8月18日(土) 午前9時~
場所 渋谷某所 駅近の喫茶店
人数 最大12名

内容 『学級経営』
自分の実践や学級の自慢話をしてください。
その自慢をもとにテーマを決めます。
その学級のよさを持ち帰るためにはどのようにしたらいいのかをひたすらしゃべります。
メモも自由、ルールはありません。
ひとしきりしゃべったら結論を出さず解散します。
学生さんなど教員でない方の参加も大歓迎です。

ねらい
普段、謙虚であることを美徳とされている教員
若手はダメ、ベテランは素晴らしい。
しかし本当にそうなのだろうか、若手の実践でも実はクラスによい影響を与えているものがあるのではないか。
だが、従来の実践によりいつしか思考停止的に良さの芽をつぶされてしまっていることも多々あります。
Agolaは学生も若手もベテランもチンパンジーも皆平等に発信できます。
無条件の尊重をもとに集いましょう。


ルール
・言わなくてもわかるような最低限のマナーは守りましょう(他者尊重、公共の場である配慮)。
・ドタキャンは1回まで。前日までに参加をご表明ください。ドタキャン2回の方は以降参加できません。
・他人を変えようとしないこと。
・子どもを一人の人間として尊重すること。


興味ある方は前日までにDMください。

014 妄想!!初任者研修改革!!

先日とある要人と会食してきました。
要人はいわゆる新卒初任者です。
しかしながら話をすればするほど確固たる信念をもって子どもたちと日々向き合う情熱がひしひし伝わってきました。
年齢や年数に関わらずそのような人には尊敬の念を抱きます。
勤務校の初任者にもそのような姿勢があればと正直羨ましくも感じました。

しかし、そこで違和感を感じたことがあります。
彼の悩みは子どもではありませんでした。
初任者研修の担当教員など、助けられている部分は多々あると尊重をしつつも負担に感じている様子が大きく見られました。

本当に初任者研修は有効なのか。
私は常々思っておりました。

そこで今回は勝手に妄想で初任者研修を改革してみたいと思います。






まず、教員は大きく2種類に分けることができると思います。

「ファミレス型教員」と「個人経営型教員」です。
初任者にも同じような傾向が見られます。

どちらが正しいかはわかりませんが、筆者である私は圧倒的に後者である上に「ファミレス型教員」に懐疑的な目を向けていることもあり、中立的な論調ではないことをご承知置きいただければと思います。

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写真は私の大好きなガストです。




「ファミレス型教員」

指導をマニュアル化し、どの学級でもある程度通用する方法を好む。
「◯◯してはいけない」を忠実に守ることによって、大きな失敗なく毎年学級経営を行う。
教えられたマニュアルを懐疑的に感じることもなく、言われた通りに忠実に行動する。
これは一般的な教育論に限らず、いわゆる◯◯流と言われる有名実践家の教えに忠実な場合も該当する。


「個人経営型教員」

常に目の前の子どもにあったやり方を考え、クリエイティブな思想に基づいて学級経営をする。
様々な教員から影響を受けつつも鵜呑みにすることなく自分のオリジナルの実践を日々進化させようと模索している。
しかし、常に目の前の子どもに対するベストを求めているが故に安定性に欠け大きな失敗をしていしまうこともある。



私の勤務校の初任者は圧倒的に前者。
担当教諭に言われたことは全て鵜呑みにしてその通りに実行している。そしてクラスは決して上手くいっているわけではないが、大きく荒れることもない現状である。

ファミレスのように安定して誰もがおいしいと思えるものを提供できる飲食店はとても重要であり、個人経営店のようにより味を追求するのも一つの道であり、どちらかが社会からなくなってしまえば我々の生活の楽しみは大きく失われるでしょう。





しかし教員の世界では違います。

今は全員が「ファミレス型教員」であることが求められています。

よりよいものを作り上げることよりも、失敗しないことが求められています。

そのため「初任者研修」と称し、学級を任せる反面「指導教官」を設けることで、何も知らない素人がマニュアルを守らざるえないように仕向ける=ファミレス型教員の量産体制に入っている怖さがあります。

私の場合も新卒初任で即学級担任を任された場合はこのようになっていたこと、そして良し悪しあっても今のように仕事を楽しむことはできていなかったように思えます。

私に講師として最初に機会を与えてくださった職場では「個人経営型教員」が非常に多かったです。
また初任者研修のような担当がつくわけでもなく、支援級児童の交流の付き添いで本当に多くの学級の普段の様子を見ることができました。

「ファミレス型教員」が悪いとは言いませんが、ここにカテゴライズされるであろう教員は皆、仕事をこなしているような印象で、楽しんでいる様子はありません。

「ファミレス型教員」
・◯◯しなければならない。
・◯◯でなければならない。
・◯◯させなければならない。

モチベーションという一点をとれば圧倒的に劣ります。

というわけで、提案としては。

初任者研修を選択制にしましょう。
採用試験の段階でAコース、Bコースを選択

Aコースは「学級担任を持ち初任者研修担当をつける」
Bコースは「学級担任を外れ、級外あるいは支援級担任として多くの教室を見る機会を与える」

ファミレス型を推奨しておきながら
「学び続ける教員」は二枚舌もすぎます。
マニュアルを守るだけの仕事にやりがいもクソもありません。

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教育の再魅力化に向けて
入り口の舗装を行うべきではないだろうか。