若手Aの自分勝手改革論

『ココがヘンだよ学校教育』 一労働者の目線から、学校教育を妄想改革していきます。

012 妄想!!業務精選

多忙が一段落して暇を楽しんでいるAです。

連日の更新になります。

次また日が登る頃には忙殺されます。


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このように水が溢れることのないようにね。

今日は前置きなし
妄想業務精選をしたいと思います!
全担任が8時半~17時までに仕事を終え、思い思いの時間を過ごせるようにしました。





● 情報教諭の雇用

昨日更新のブログにも書きましたが、畑違いの分野に手を出してレベルの低いものを長い時間をかけて1から行わなくてもよいのです。

・名簿フォーマット
・座席表フォーマット
・学校HP
・個人情報の電子化
・教室配置図や行事等の見取り図
・放送機器や電子機器の管理
・広報誌の作成

を担当します。
授業は4月は外し、5月以降は週10時間担当。



経理担当を雇う

学年会計や教科部会、親睦会の会計を廃止。
事務職員を現行+1の加配扱いで雇います。
学年会計は納品書、領収書を回収し渡します。
普段は事務職員の補佐的な役割を担います。
PTAが担当している学校で行われるフェスティバル的な行事や朝の校外パトロールも担当します。
事務職員が担当しているお金に関する部分を司る役割を果たします。就学援助もです。
会計が済んだ段階で長期休暇も取得できます。



● PTAの廃止

これも地味に教員負担です。
フェスタや校外、広報を新設した情報教諭、経理事務に担当してもらう代わりです。
PTA制度自身、旦那が働き妻は家を守る、いわゆる一馬力が主流だった時代だから成立した制度であって、仕事を休んでまで学校尽くす必要は何もないと思います。
不当に労働を強いられているのは我々教員だけではありません。保護者も同じです。
広報、登下校の見守りも、フェスティバルも全て無償ではなく、お金をもらったいる人に仕事としてやってもらうべきことだと思います。



● 運動会の縮小化

小規模校は運動会は午前中、大規模校も15時半までには片付けも含めて完全撤収しましょう。
開始も10時にしましょう。運動会だからといって早朝から学校に来る風潮はおかしいです。
9時に開始し早朝の準備をする場合には13時に完全撤収して、15時には完全退勤できるようにしましょう。

準備期間も長く、授業時数を侵食するのも本末転倒であります。

表現運動を隔年、それも毎年同じものにしましょう。2年、4年、6年は表現。1年、3年、5年は追加で競技種目を行います。これも毎年同じものにしましょう。

毎年一から作り上げる負担は尋常ではありません。



● 家庭訪問の簡略化

4月の家庭訪問の負担も尋常ではありません。
また、両親ともに働く家庭においてもこの時期の家庭訪問は厳しいと思われます。
これも一馬力主流時代の産物です。
なので家庭訪問を希望性にします。
希望しない家庭に関しては自宅の位置を確認するにとどまります。



● 会議・行事の精選

会議で行事予定について話すのは廃止。
避難訓練や学校独自の行事については基本的に「例年通り」を推奨します。
ペーパーレスの時代、全て学校共有の掲示板に載せて各自読んでおくようにする。
全員が頻繁に集まる必要はないのです。



● 学校アンケート、効果測定の廃止

大切なことですが、成果に見合っていません。
こちらもやりたい人がやりたいようにやればいい。
全員で統一して、行う必要もありません。
こういう「やったほうがよい」仕事に関しては、活用できる人が手段として活用すべきであって、活用できない人に無理強いする必要はないと思います。



● 学習発表会、二分の一成人式の廃止

現行の学習発表会は発表のために教育課程にない新しいものを発表するのが主流になっています。
もちろん、学習の成果を発表する場は大切だと思いますが、学校裁量の時間が少なく授業の時間の確保できない状況で行うのは本末転倒な気がします。



● 一、二学期の所見欄の廃止

自治体によっては道徳、外国語の所見を書く。一クラスの人数を40人というメチャクチャな数を設定しやがっている上、その全員の道徳や外国語、総合の様子を記述する。それだけの時間が我々に与えられているのでしょうか?

所見に時間を取られ授業がないがしろにされるのであれば、辞めてしまった方がよい。
誰のための学校なのか、保護者のための学校なのか。

所見は年間通しての総評欄だけで構わないと思います。もちろん書いた方がよいと思いますが、一番大切な授業準備や教材研究がしっかりできた上ではじめてやったほうがよいと思います。



● 学校に所属しない第三者機関の設立

学校に寄せられる数多くの理不尽なクレーム。
根本的な解決に至らないにもかかわらず、大事にならないように学校側が泣くことも多いです。
もちろん逆もしかり、学校側の対応が問題視されることもあります。
しかし被害を受けるのは子どもです。

特別支援級への在籍、個別支援やいじめ等の問題など、学校と家庭、双方の主張をフラットに聞き取ることのできる第三者機関の設立を提唱します。

法の管轄です。
モンペという言葉があり、学校の不信感があり。
相互の信用の基盤が揺らいでいる現状だからこそ真剣に考えなければならないと思います。



● 周年行事の頻度の変更

10年ごとに周年行事を行っている学校も多いと思いますが、これもかなり教員の負担が大きいです。
周年を10年50年100年200年500年1000年5000年にしましょう。副読本もあれだけの労力をかけて作ってもチラッとみて大体終わりです。

またこういう行事に奪われるのは子どもの休み時間です。
休み時間こそ、子どものモチベーションを高める自由な時間です。平然と休み時間を奪うのはよくないと思います。



● 大雪の日や猛暑日の休校

運動会の騎馬戦や組体操のリスクにはやたら敏感なのにも関わらず、大雪の日に登校させるのは矛盾しています。

朝早くから雪掻き、交通機関が麻痺し実費で遠回りして雪掻き。児童の安全は確保するものの、我々の安全はないがしろに。矛盾にも程があります。
雪の多い地域は別です、それに対する対策も充実しております。しかしそうじゃない地域は違います。

身を危険にさらしながらも登校しなければ終えることのできない教育課程というのは、どう考えてもおかしいと思います。
35度を越えて子どもが登下校をするのはどう考えても正気の沙汰ではありません。




我々教員は基本的に子どものことを一番大切に思っています。これだけ時間に追われていても授業の準備をしたり、教育関係の本を読んだり、研究会に所属し専門性を深めようとするような生き物です。

やらねばいけない仕事の精選がされれば、授業の質も子どもとのかかわりも向上していくのではないと思われます。

今のままでは、失われるのは我々の人間らしい生活だけではなく、授業の質です。
我々の業務負担を減らすことが、教育の質の向上に直結すると思います。

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011 妄想4月業務改革

こんにちは
Aです。

ブログの更新が滞っていた理由はコレです

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4月の業務に忙殺されていました。

4月の業務はあまりにもリスキーです。
名簿の作成、個人情報の管理、児童の引き継ぎ、副教材の選定及び振り分け、出席簿の準備、就学児援助や保険関係の書類の収集、教室の環境整備。
学校によってはここに懇談会や家庭訪問、授業参観なんかも組み込んで、5月に運動会をやろうなどという学校もあります。

4月と言えば学級経営の肝になる1月です。
子どもたちとの関係作り、授業準備、教材研究など本来以上に必要な業務に殆ど手が回らない状況です。

10年目の先輩がこう呟いていました。
「授業の準備が何もできない」

教員って何のための仕事なんでしょうか。
個人情報を管理すること?書類の収集をすること?資料をつくること?

スポーツ選手がシーズン始まってからテレビ出演や地域貢献ばかりに時間を取られ、練習なしで試合に臨んでいるのと同じことです。

私も学級担任として4回目です。

ある程度仕事を効率よく終わらせるシステムやノウハウが構築されているから何とかなっていますが、新卒で初任者として着任をした先生方の勇気や希望は瞬く間にへし折られてしまっているのではないでしょうか?

充分な準備の時間を与えられない初任者が中学年を崩す→力のある先生を高学年にも投入する→手薄になった中学年がまた荒れる→力のある先生が(無限ループ)

私は高学年の担任経験がほとんどないので偉そうなことを言える立場にないと思いますが、初任者の学級が荒れる、高学年は大変と言われる現象については力不足ではなくシステムの問題が大きいと思っています。

高学年が大変なのではなく、初任者に準備期間を与えないことが結果的に負のサイクルを生んでいるのではないかと思います。

このサイクルさえ食い止めれば初任者が5、6年生を担任することも十分に可能になると思います。

4月の業務改善を精選することで、学校の教育環境は劇的に改善されます。ということで今回は私が勝手に4月を改革していきたいと思います。











○ 4月の登校日は週4日に

保険関係の提出書類や、個人情報の管理など担任の業務は多忙です。
準備期間のないこの時期に質の低い授業をする理由はありません。
水曜日を事務日に設定しつつ、係活動や実行委員を決めたり、仲間作りなどの学級開きに時間を使いましょう。
今の子どもたちは土日は習い事等があり多忙を極めているので、この水曜日を使って新しいクラスの仲間と遊ぶのもよいと思います。

その分の教科をどうするか。

道徳の時数を年間17にしましょう。
特別な教科になり、質も高まったので、時数が減っても大丈夫でしょう。特別な教科ですからね。他の教科とは違います。特別ですからね。



○ 1年目は副担任

私が何度も何度も提唱している制度です。

https://school-kaikaku.hatenablog.com/entry/2018/03/04/150331

大学卒業→学級担任は無茶ぶりにも程があります。
大学の教育課程には子どもとかかわる機会というものがほとんどありませんし、大学の授業で教わる殆どのものが建前上の現場を想定したものであり、実態とは大きくかけ離れています。
上手く手を抜くことでやっと人間らしい生活が維持できる業務量を前に、初任者は全力で走ることしか教えられてきていません。

人員増で未経験初任者及び勤務経験1年未満の講師には担任を任せなくてもよい制度にしましょう。
また、副担任が特定の教科を担うことで担任の空き時間を捻出し、4月から質の高い授業を提供できるようにしていきましょう。


○ SEの雇用で業務負担を改善

多くの教員は文系です、システム関係を中心に勉強をしてきている人間は殆ど皆無でしょう。
情報教育関連の力のある教員ですら、殆どは教員にはなってから技術を身に付けたと言います。
情報関連は教員にとってまさに畑違いの分野です。
3年~2校目あたりの教員に押し付け的に任せる学校も多々あります。
勉強する時間などもなく、独学で学び、さして優秀とも言えない付け焼き刃的な知識で学校のシステムを築くわけですからそりゃあムダも多くなります。

私は「情報教諭」の雇用を推奨します。
養護教諭」、「栄養教諭」に並ぶ「情報教諭」
学校の個人情報やシステム管理、HP等の業務を司り、高学年のプログラミングや総合的な学習の時間 の一部の授業を行う立ち位置です。

各学校一人ずつ配属されます。




○ 中学校に倣え!

そうなると私の構想ではこのような人事になります

1年 各学級担任(学級数1増)+栄養教諭
2年 各学級担任+未経験副担任+TT非常勤講師
3年 各学級担任+未経験副担任+TT非常勤講師
4年 各学級担任+未経験副担任+音楽専科
5年 各学級担任+教科専門教員+情報教諭
6年 各学級担任+教科専門教員+児童児童教諭

学級担任+2の学年付き確保できます。

以前の記事でも紹介しましたが、今部活のない小学校がブラック業務化しているのは明らかな人員不足です。

5年、6年の教科専科教員は中学校や高校の勤務志望者でなかなか雇用のない方を雇用を確保しつつ、教科の専門性を高めていく小学校免許をもたない教員です。

場合によっては道徳も任せてもよいかと思われます。特別な教科ですから、教えるのに免許は必要ないですからね。教科なのに専門の免許が必要ないという、なんという特別。










絶望の4月を希望の4月へ

教育改善されることを望みます。

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010 妄想学校電子化計画

こんにちは。
みなさん、学級を閉じて新年度に向けて思い思いの時間をお過ごしでしょうか。

学級開きの時期は忙しいですよね。
ムダな仕事はできるだけ減らしたいものです。
ですが、学校というのは非効率なものが多いです。
その筆頭はコレ!

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少しでも子どもとの関係を築きたい、黄金の3日間を妨げる容赦ない悪魔です『連絡帳』です。
連絡帳が来ると、返事を書かなければいけません、それも丁重に失礼のないように文章を練らなければいけません。場合によっては短時間でバババッと片付けられないのが現状です。
それにコイツの悪いところは子どもがいる間に書き終えて返さなければいけません。
黄金の3日間にロングロング連絡帳が届く、そんな悪夢は考えたくもありません。

またコレも強敵ですよね。

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ベーパーのマウンテンでございます。
貴重な貴重な黄金の3日間の時間を奪う鬼のような配布物です。

しかし何故、学校はこんな原始的なことをするのでしょうか。

子どもが連絡帳をもってくる、休みの場合はそのクラスにもっていく。
子どもがうっかり忘れると、大捜索が始まる。
またその子どもに書いたら渡さなければいけない、時間内に。
情報伝達の正確性も恐ろしく低いです。

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飛脚かよ。

プリントもそうですよね。
机の中でその役割を果たすことなく朽ち果てるケースも少なくありません。
「先生、プリントなくしたのでください」
これも本当にムダな時間です。

またプリントは情報の伝達という手段を果たしたらその時点でゴミになります。
なのに職員室では紙1枚を節約するように啓発されています。

何なんでしょうこの矛盾!

Why Japanese teacher!

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コスパ悪すぎるよ!



そこで提唱するのは
『学級公式LINE』です。
担任が学級にタブレットの配布。

まず、欠席の連絡はLINEで入れます。
担任は決まったスタンプを送信するだけです。
学級公式LINEの参加は任意で、それ以外の家庭には紙ベースでの配布を続けます。

欠席連絡は担任との個チャでできます。

学級公式LINEは管理職もグループに入っており管理職も閲覧できるようにします。

これで担任側の問題隠蔽も阻止できますね。
一石二丁じゃないですか。
LINEのノートを使って学級だよりも電子化できますし、若い教員と保護者とのやりとりに管理職がすずに介入できる仕組みが出来上がります。

さらに、担任に対する称賛の声や感謝の意なども管理職の目に入ります。
ちょっとしたことでも気軽に担任にお礼もいえます。担任への感謝の意をわざわざ連絡帳に書くのも気が引けたりしますよね。

これまで一見判断が難しかった理不尽な保護者の存在も浮き彫りになりますね。
34人が大絶賛の先生の学級で一人だけ理不尽な要求をつきつけている等々。

また全国の学校で導入すれば紙代だけでも恐ろしく経費削減になるのではないでしょうか。
情報漏洩の観点から、実現は難しいかもしれませんがリスクを取るだけの価値はあると思います。


いじょう!(厚切りジェイソン風に)

009 妄想総合的な学習の時間改革

無限大な夢のあとの何もない世の中じゃ
そうさ愛しい思いも負けそうになるけど

みなさん、ご存知でしょうか。
若くしてこの世を去ったシンガーソングライター和田光司さんのButter-Flyの歌詞の一部です。

この曲は私にとって非常に思い入れのある曲で小学校時代の思い出の一つです。

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ご存知でしょうか。
デジモンアドベンチャー』です。

7人の小学生が電子空間デジタルワールドに迷いこみ、パートナーデジモンと協力しながら数々の困難を解決し、やがてはデジタルワールドの危機を救う物語です。

ただ、このアニメ。
大人になって思い返せば思い返すほど奥の深さが伝わってきます。

まず敵との戦闘手段なのですが、子どもたちは戦いません。子どもたちの心の強さが、そのままパートナーデジモンの強さに反映します。
子どもたちの心が飛躍的に成長すると、パートナーデジモンが成長期から戦闘形態の成熟期→完全体→究極体への一時的な進化が可能になります。

7人の子どもたちと7匹のデジモンたちは、性格も学年も家庭環境もそれぞれ違いますが、葛藤や努力により一人一人が成長し、パートナーデジモンをパワーアップさせながら立ちふさがる敵を退けていきます。

物語中盤では、進化の秘密が明かされます。
パートナーデジモンの飛躍的なパワーアップのためには、子どもたち一人一人の最も強い特性を伝えなければならない。ということです。

リーダー格 八神太一(5年生)は『勇気』
ライバル役 石田ヤマト(5年生)は『友情』
ヒロイン役 武之内空(5年生)は『愛情』
参謀役 泉光子郎(4年生)は『知識』
お嬢様的存在 太刀川ミミ(4年生)は『純真』
ガリ勉タイプ 城戸丈(6年生)は『誠実』
弟的存在 高石タケル(2年生)は『希望』

が、それぞれ心の特性です。

デジモンアドベンチャーはそれぞれのキャラに順位をつけません。そして、心の成長を『改善』のような描写を一切しませんでした。

時に周りを見ずに突っ走り大きな失敗をしてしまう八神太一は、強大な敵を前に戦力が整うまで時間稼ぎを買って出るなどここ一番で仲間を守るための『勇気』に昇華させました。

頭が固く、常識にとらわれすぎてしまう城戸丈はリーダーを下級生である八神太一に託し、仲間に寄り添う『誠実』さに昇華させました。

絶対に失敗を否定しない、絶対に何が正しいのか、誰が正しいのか、答えを出さないのがこのデジモンアドベンチャーというアニメなのです。

そして、私が感銘を受けた点はもう1つあります。

パートナーデジモンを究極体まで進化させることができるのは主人公の八神太一とライバルの石田ヤマトの2人だけです。

それを他の子どもたちも受け入れ、完全体までの進化にとどまっている子どもたちは自然と2人をサポートする役割へと立場を変えていきます。
また、進化のタイミングもそれぞれ違います。八神太一のパートナーデジモンが完全体に進化したのは20話ですが、高石タケルのパートナーデジモンが完全体に進化したのは50話です。

能力によって差がつくこと。成長の速度には個人差があることを、意識レベルで私に教えてくれました。

みんな違ってみんないい
今の自分に自信をもて!
かといってみんな同じように成長できるわけじゃないぞ、甘えんな。

というのが私がデジモンアドベンチャーから受け取ったメッセージです。

私の人格形成に大きな影響を与えてくれました。

と、言うわけで
『総合的な学習の時間』を廃止します
『電子生物を通した心的成長の時間』を導入し、デジモンアドベンチャーを教材に導入しましょう。

自分の心の特性を知り、自分の心をどのように成長させていけばよいのか、今の子どもたちにも知ってほしい。

私は泉光子郎に憧れる城戸丈タイプでした(笑)




※ 現在Youtubeにて細田守監督による映画デジモンアドベンチャーぼくらのウォーゲーム」が期間限定で無料配信中です。

おもいっきりサマーry

008 勝手に部活動改革

学校教育の一番根深い部分に切り込んで行きたいと思います。

まずこの記事で論じるのは公立小学校及び中学校の部活動についてのみです。高校等それ以外の教育機関に対する考え方ではありませんのでご承知おきください。

部活問題を話す前に、的外れかもしれませんが私の考える部活問題の現状についてお伝えします。

現状部活に対して以下のような考え方をもつ層が存在します。

・A郡 BDK(部活大好き教員)
授業よりも部活、部活を生き甲斐にしている。結果を出して楽しい、楽しいから結果を出す。その結果ブラック部活を産み出してしまっていて、部活をやらない教員は怠け者だと思っている。

・B郡 部活肯定派
土日や長期間労働に対して意義は唱えないものの、定休を定めたり、輪番制での練習を行ったりする層。部活は大好きだが、優先順位はきちんと把握し、学業優先の原則は崩さない層など。現状に不満をもちながらも一方でやりがいを感じ部活を楽しみつつも上手に向き合っているもっとも賢い人間の集まる層。

・C郡 部活否定派
部活は嫌だなといいつつも、学校現場の風潮に負け嫌々引き受けている層。若手~生真面目な中堅層に多く一番問題の煽りを受けてしまっている層。

・D郡 BDK(部活大嫌い教員)
部活だけではなく部活を頑張る教員や、部活動の功績を称えた美談すらにも嫌悪感を覚えてしまう程、部活動に対して否定的な考え方の層。理論上は最も正論を展開しているが、学校現場に理不尽に説き伏せられてしまっているという背景があるが、部活を頑張っている子どもたちの足すらも引っ張ってしまっている。





ざっくりですがこんな感じです。

根深いのはC郡が一手に制度の煽りを受けてしまっているということです。
C郡の先生には部活が理由で退職をしたりだとか、部活が理由で病気になってしまう人もいます。

しかし、部活動ってそんなに重要なんですか?
小学校教員の私からしてみたら、部活動は大切な教育活動ではあると思いますが、滅私奉公をしてでも注ぎ込む価値があるとは思えませんし、本当にその価値があるのであればしかるべき手当てを受けるべきです。









ワンピースのホーディ・ジョーンズという敵をご存知でしょうか。

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このケースと必ずしも一致するわけではないですが。A郡や部活動に対して嫌な思いをしていることで、部活動に関する全てのものを悪と思い込み過剰に騒ぎ立てる行為は事実として頑張っている子どもたちに対して多大な迷惑をかける行為にすらなりつつあります。

A郡、D郡というモンスターを産み出した現行の部活動制度は再考の時期に来ているのではないかと思います。












前置きが長くなりましたが具体的な改革案です。

まず中学校の本分は勉強です。
なので学習の機会が確保されていること、それだけでいいのです。
それ以外のことはあまり深く考えない方がいいと思っています。

野球部がない学校、サッカー部がない学校。
これは別に何の問題もありませんよね。

以上をふまえて
教員は年度当初にまず「部活動顧問を希望する、希望しない」を完全選択制にします。
「希望しない」教員に関しては、部活業務に一切関わらないことにします。
部活動を希望しない教員に対して嫌味を言った教員や希望するように促す発言をした者はは懲戒免職にします。

「希望する」教員は好きなだけ部活を行うことができます。授業や学校の業務に関しては一定の水準をクリアしていると管理職が判断すれば良好とし、良好が出ている教員に対して授業や学校の業務について「希望しない」教員が咎めることは不可とします。同じようにこれも懲戒免職とします。

「希望する」教員は好きな部活動に全員が例外なく割り振られます。希望する教員がいない場合はその部活は廃部になります。競技を続けたくば外部のクラブチームに流れることになります。別にそのチームにいることが全てではありません。アマチュアチームでは所属チームがなくなることなんてザラにあります。競技生命を奪うわけではありません、そんなちっちゃいことは全て忘れましょう。

いわゆる「相互不干渉制度」です。
我々教員も個性を尊重して、不毛な争いはやめましょう。

先入観は罪、固定観念は悪 by野村克也

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007 妄想初任者研修改革

おはようございます。
嵐のような一年が去り、また嵐のように一年がやってくる。教員のみなさんはホッとしながらもソワソワした時期なのではないでしょうか。

しかし、今の時期、最もソワソワしているのは誰なのか。もうお分かりですよね。

そう、新採用の初任者です。

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しかし、初任者の方には申し訳ないのですが。
現行の初任者研修には大きな問題があります。

私は講師で特別支援級→専科を経ての学級担任だったので、楽しく過ごすことができたのですが、新卒で初任者として学級を任されていたと思うとやりきれていたのかどうか聞かれると自信がありません。

ここで私が勝手に妄想で初任者研修を大幅に改善していきたいと思います。






まず我が自治体の初任者研修制度の現状を紹介しておきましょう。

・年15程度の外部研修の受講
・選択制の研究会の提案授業の参観を数回
・5年目までに指定された研修を受講
・宿泊研修の受講

・初任者研究授業を2回
・地区別提案授業を2回
・年3回の巡回指導
・週2回の指導教官の参観授業
・週2回の指導教官の師範授業参観

・ 各種レポートの提出


よく聞かれるのが
「初任者は忙しい」という声です。

でもこれって本末転倒じゃないでしょうか。

私は3年の講師経験を経て採用され初任者研修を受講したのですが、5年の教員経験の中で最も忙しく最も子どもと向き合う時間が少ない1年でした。
また講話や研修の内容は講師を経験した私にとっては「今さらそんなことを…」といった内容が殆どで教室を空けてまで参加するような意義を感じることはできませんでした。

初任者はまず「教員の仕事は楽しい」、「子どもたちのために頑張ろう」と思ってもらうことが一番なのではないでしょうか?

そこで私はこれを大きく改革します。

まず、初任者研修の受講対象を
『その自治体に採用されて1年目』ではなく
『教員として初めて勤務してから1年』と変更。
10年講師を経験し、卒業生も出している人が初任者研修を受講する傍ら、初めて学級担任をもつ新卒者が誰の助けも得られずたった一人で学級を担任するのはどう考えても滑稽です。

そして、講師も含め採用から1年未満の者に学級担任をもたせることはできないとします。

以前、このブログの『001 妄想人事改革』でも触れましたが私は副担任制度を推奨しています。
根も葉もない思いつきではなく、実際に中学校では新卒は支援級や副担任からキャリアをスタートさせることが多いそうです。

担任をもたないことで出張等も行きやすくなると思います。

そうすることによって『研修』という名目がなくとも、多くの先生の学級を知り、授業を見て、様々な子どもたちとかかわりをもつことができる。

まさに『生きた研修』ですね。

副担任は午後は空き時間にして
学年の仕事や、採点や環境整備などに充てる
学年の負担軽減にもなります。
また時間に終われることなく『校務』を知ることができます。
残った時間はめいっぱい授業準備をしてください。
報告レポートや研究授業の指導案なんかもたくさん書けてよいのではないかと思います。

また初任者の残業を法律で禁じます。
タイムカードで厳格に勤務時間を管理して、違反した学校は全職員を減給処分にします。

せっかく採用した優秀な人材をくだらない理由で使い潰さない、一人一人をきちんと育成することで結果的には経費も長いスパンで見ればトントンくらいには持ち込めるのではないでしょうか。
さらにこの仕組みによって教員の気持ちに余裕ができ、教員の仕事に対するポジティブイメージが定着し、志願者も増えるのではないでしょうか。

損して得とれ、ウハウハですね。

しかし試用期間、研修期間は2年に延長します。
そして2年目は学級担任を任せます。
ただ、出張や研修はほとんど初任者の段階で済ませているので学級の業務に専念できます。










今の教育職に対する流れ、お偉いさんから降りてくる流れには我々の個別の能力や精神的、あるいは体力的な要素が全く考慮されていません。
我々は休まなくても大丈夫、我々は何を言われても動じない、教育ロボットであることを前提とした仕組みが粛々と整えられています。
高い離職率や、療休、そんなものはまるで知らない見えない聞こえないかのように仕事が増えていきます。

しかし、教育こそ最も経費をかけて手厚く振興していく分野ではないのでしょうか。

初任者に多大な負担を強いる現行の初任者研修制度なんぞ…

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006 勝手に働き方改革2

おはようございます。

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昨日の記事には様々なご意見ありがとうございました。
実は昨日は長くなりすぎてしまったので、最後まで記事を書ききることができませんでした。
なので、2というよりは補足的な意味で捉えていただければと思います。















みなさんは「ライフワークバランス」という言葉をご存じでしょうか。
近年「働き方改革」という言葉が広まり、労働者が気持ちよく働くことができる世の中にしていこうということですね。

先進各国と比べ明らかに労働時間とその対価が見合っていない日本においては大きな進歩だと思います。

しかし、共感性に乏しく意に沿わない主張や行動に対し容赦なく石を投げつけそれを正当化させる日本人の気質を考えると「ライフワークバランス」という概念は合わないと思います。

とある新聞に掲載されたこの記事がそれを象徴しています。

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とにかく他人を気にしすぎる
自分を幸福にするより、他人を不幸にすることで安心感を保とうとする本質が我々日本人には根深くあります。

そこを踏まえ私は落合陽一さんの
「ライフアズワーク」に強く共感を覚えました。











前置きは長くなりましたが

冒頭の画像。
私が休日の職場に設定している場所です。

私は休日出勤をしません。

私が休日出勤をすることによって「若手Aは頑張っている」と誤解されることを避けるためです。

嘆かわしい現状として、私より少し上の先輩及び同期の一部は休日出勤を当たり前のようにしております。
そしてそれを職員室で誇らしげに「今日で何十連勤っすよ~」、「明日(土曜日)は午後半日年休を貰いますよ~」と話す実情です。
私のように講師経験があり他所を知っている人間からしたら、その異常さに気付く余地はありますが、新卒で入った職場の先輩がさも当たり前かのようにそんな話をしたら新卒はどう思うでしょうか。

私が休日のすることは1つです。
ノートをもってドトールに入ります。

そこで一週間の予定をざっくり立てます。また子どもの行動、自分の予定、授業の流れをノートにまとめます。
それが終わればひたすら読書をします。
職員室に行けば、must仕事、should仕事が山ほど目に入ってきます。
また職員室はストレスの温床です。
空気が、光景が、匂いが、一つ一つが知らず知らず精神的負担につながります。

職場と距離を置いたところで客観的に仕事に向き合うことで、平日の生産性を上げてくれると思います。








今日は来年度の学級開きについて考えました。